信号検出理論に関するノート

はじめに

信号検出理論(Signal Detection Theory)という理論に興味を持ったので、調べつつざっくりまとめてみる。

もともとはノイズの中から真の信号を取り出すための工学理論らしいのだが、その後に心理学や臨床試験、品質管理などの分野に応用されていったようだ。

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問題の設定と数理モデル

ある人が二種類の異なる刺激を受けとり、それを識別しなければならないという状況を考える。例えば、真水または食塩水を渡され、それを舐めてみて真水か食塩水か答えるという状況である。

結果は四パターンに分類される。

  1. 真水を真水と答える:Correct rejection
  2. 真水を食塩水と答える:False alarm
  3. 食塩水を真水と答える:Miss
  4. 食塩水を食塩水と答える:Hits

受け取る刺激は、本来の刺激にノイズが加わった形で与えられるとしよう。例えば、食塩水を舐めたときの刺激の強さの確率分布は、ある平均と分散を持つ正規分布に従っていると仮定する。

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もし二種類の刺激の分散が大きければ、刺激の確率分布は重複することになり、二種類の刺激を完全に正確に識別することはできなくなる。

例えば上の図では、刺激の強さが2.5のとき、真水(青)である確率は50%、食塩水(橙)である確率は50%となり、真水か食塩水かを完全に識別することはできない。

そこで、完全な識別を諦め、ある閾値を定めて、閾値より大きいか小さいかで刺激を区別するという方法をとることにしよう。

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上の図では、閾値を3.0(赤)に設定している。すなわち、3.0より小さければ真水(青)、3.0より大きければ食塩水(橙)と判定する、という識別ルールを採用している。

このときの刺激の種類別の正答率を計算してみると以下のようになる。

  • 真水が与えられたとき
    • 真水と答える(Correct rejection):98%
    • 食塩水と答える(False alarm):2%
  • 食塩水が与えられたとき
    • 真水と答える(Miss):9%
    • 食塩水と答える(Hits):91%

真水が与えられたときの正答率は98%、食塩水が与えられたときの正答率は91%となる。刺激が強くても真水と判定するような識別ルールを採用しているため、真水の正答率は高い一方で、食塩水の正答率が低いという結果になっている。

弁別力の指標 d'(Sensitivity index)

上記の問題設定と数理モデルを踏まえて、現実の問題を考えてみよう。

現実には、二種類の刺激がどれほど違うのかは分からない。むしろ、どれほど違うのかを調べたいという場合がある。このようなときに、上記の問題設定と数理モデルを用いて、二種類の刺激の違いの大きさを測定する。

二種類の刺激の違いを、平均値の差で評価することにしよう。これをdプライムと呼ぶ。先程の図では、正規分布の平均値の差は5.0であったので、dプライムは5.0だったということになる。

ではどうやってdプライムを計算するか。先程はdプライムと分散、識別閾値を与えた上で刺激別の正答率を計算した。そこでこの手順を逆に行えば、dプライムを求めることができる。

具体的には、二種類の刺激を被験者に与えて、それぞれの正答率を測定する。その正答率からdプライムを計算する。

具体例で考えてみる。真水の正答率が80%、食塩水が90%だったとしよう。いずれの刺激も標準正規分布(分散が1の正規分布)に従うとすれば、80パーセンタイルと90パーセンタイルを足し合わせれば、dプライムが求まる。この例では、dプライムは2.12、識別水準は0.84と計算される。

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受信者操作特性(Receiver operating characteristic: ROC

上で説明したdプライムは直観的であるものの、刺激の確率分布が正規分布であり、かつ二種類の刺激は等分散であるという仮定を含んでいた。しかし、このような条件がいつでも満たされるとは考えにくい。

そこで、dプライムの代わりにROCカーブというものを用いて刺激の違いの大きさを評価する。ROCカーブは、false alarmの割合を横軸に、hitの割合を縦軸にとって描いた曲線のことで、この曲線が上に凸であればあるほど刺激の違いが大きいことを意味する。

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二種類の刺激に対する識別閾値を変えると、それに従ってFalse alarm率とHits率が変化する。識別閾値を負の無限大から正の無限大にわたって変化させれば、ROCカーブを描くことができる。

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参考文献

  • 畑江敬子 (1993)「信号検出理論の官能検査への応用」調理科学 Vol. 26, No. 1

www.jstage.jst.go.jp

www5e.biglobe.ne.jp